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代表の津田善典と申します。

初めまして、ようこそLCFリフォームのホームページへ。少しばかり、私の話にお付き合いください。
私は約40年前、高校でラグビーをしていました。
当時ですが、ラグビー部は血気盛んな連中ばかり。


切磋琢磨した級友たちとも別れ、2年生で中退し、
父親の紹介で内装業の職人さんの弟子となりました。

その後、内装会社に就職。職人としての技量を身につけ19歳で独立します。
元の会社からの仕事を中心に、
その他の仕事も受けるという毎日現場に出る日々は変わりません。

親の家計が苦しかったため、稼ぐ必要があったのです。

心臓病を患っていた父親は入退院を繰り返し、いろいろなところから借金をしていました。
我家は兄弟も4人おり食べるにも困ることがあったくらいでしたので、
長男として家にお金を入れたいと思っていました。
インテリア津田として会社を興し、親方にもなったのは25歳の頃。
現場に出たり、営業をしたり、様々な仕事にチャレンジしました。
もちろん失敗もたくさんして、周りの方々にご迷惑をおかけしました。
当時携帯電話が鳴るのが怖い時期もありました。
イケイケで仕事をしていき、頭を打ったのもこの時期です。
谷村新司さんの「22才」という歌が流行っていて、
心境重なって塞ぎ込んだりもしました。
「♪22才になれば少しずつ臆病者になるわ。」と歌いながら^^

1990年~2000年にかけての和歌山の建設ラッシュ時には、
職人を集めてチーム津田として公共事業やマンションなど
和歌山の大きな仕事をさせて頂いたことは今も誇りです。
26歳で結婚、長男・長女・双子の次男、三男の4人の子どもに恵まれ、
還暦ももう見えてきましたが、まだまだ頑張ります。
今は管理することが多くなりましたが、現場にはよく出向きます。
この人生の中で、助けて頂いた人々に感謝して
真面目に仕事に取り組むことが信念です。
また仕事以外のボランティアや地域の活動も多くなりました。
育った時代や環境で、人は流されてしまいます。
様々な要因はあるけれど、すべての子どもたちが自由で健全に育ち、
やりたいことにチャレンジできる社会を作るために、私は社会に貢献していきます。

いつになっても小さなことからコツコツと。皆さまこれからもよろしくお願いいたします。
新たなるお仕事の出会いも楽しみにしております。


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